2002年6月  妊娠発覚

6月20日(木)

もしや・・と思い、薬局で妊娠検査薬を購入。

陽性・・!

ブルーの「+」にくぎづけ。

携帯で写真とって仕事中のダンナ様に報告。かなーり喜んでくれて、帰りにちいさい花束まで買ってきてくれた。

「でかした!」とのこと(笑)

今月末札幌へ結婚式を挙げに行くので、体に障りがないか心配。

 

6月21日(金)

近所の個人産院に、検査に行く。

ちょっと閑散としたところで若干心配。

用紙に記入し診察してすぐ

「2ヶ月ですね。いまのところまだ心音は確認できませんが・・」と言われる。

写真をくれたけど、見てもイマイチ実感わかず。

赤ちゃんについての小冊子などをいっぱいもらって帰宅。

予定日は、2月16日。

札幌行きのことを話したら、長時間の移動は体に負担がかかるが、2時間移動して30分休むペースを

守れば大丈夫でしょう、とのこと。

札幌行きを止められなくてよかった。

でもせっかく購入した補正下着は使わないほうがよさげ。

補正下着ナシではたして・・・・若干不安(笑)

 

6月25日(火)

どうも具合が悪い。これがつわりか。

朝から用意をして、一足お先に私だけ札幌へ。

空港から実家までのバスでめっちゃ酔ったが、妊娠のせいかひさびさの車だからかわからない。

札幌市内の実家に無事着き一安心。

母が 「本当におめでとう」 と言ってくれた。

一応結婚前だから、父にはまだナイショ(笑)

 

6月30日(日)

無事挙式。とても天気がよく、見晴らしの良い会場を選んで大成功。

両方とも仕事関係の人は東京なので、式に友達も呼び、披露宴(というか会食)は親族のみで和気藹々。

具合が悪くなることも無く、補正下着を使わなくても何とかなり、

白いドレスも自作のブルーのドレスも無事着られてよかった。

7/3まで市内のホテルに滞在し、東京へ戻る。

 

7月6日(土)

旅の影響がないか診察に行く。

最初の病院は微妙に不安だったので、違うところでイチから受けなおすことに。

心音確認・順調とのこと。2週間後にもう一度見て大丈夫なら母子手帳もらえるんだって。

実家の父やダンナ様の実家に妊娠を報告。

みんなに 「はや!」 と言われた。

 

△一番上にモドル△

 

 

2002年7月 母子手帳ゲット

 

7月19日(金)

最近、朝 体が重い。

10時くらいまでは遠慮なく寝ることにする。吐いちゃうしね・・。

2週間たったので健診。

2週間しかたってないのにもう倍くらいになっている。成長はやくてびっくり。

頭と手足の形を確認。

母子手帳もらいに区役所へ行く。(デザインイマイチ。もっとなんとかならないものか)

帰宅して、さっそく手帳にイソイソと経過など記入。

△一番上にモドル△

 

 

2002年8月 妊娠4ヶ月

 

8月14日(水) 4ヶ月の健診

ダンナ様が仕事休みだったので、一緒に病院に行く。

自転車二人乗りで。(だめ

血液検査とか、いろんな検査をされた。順調。

先生曰く「今の時点では6:4で女の子かな」

 

 

9月17日(木)  18週2日 5ヶ月の健診

ダンナ様もべビの様子が気になるそうなので、今回も二人で病院へ。

今回から体重、腹囲の計測と血圧、尿検査を開始。

なんと家で測ったより2キロも少なかったが・・家のは壊れているのか。

「7割方男の子でしょう」 と言われた。

「え、前回6:4で女かもって言ってませんでした?」 と聞いたら

「アレ?そんなこと言ったっけ」 だって。

大丈夫かこの先生・・

△一番上にモドル△

 

2002年9月 風邪1

 

9月20日(金)

ノドに違和感。ダンナ様の風邪をもらったかも。

 

9月21日(土)

ダンナ様は風邪で寝込んでいる。

私も風邪うつったみたい。鼻水がズルズル出る。

午前中ダンナ様が病院についてきてくれというので、近所の内科の病院に二人で行ってダンナ様の風邪薬をもらう。

自分の分はナシ |´・ω・)

 

9月22日(日)

私の熱37.2℃に。

くしゃみが30分に2回くらい出るので(数えた)お腹の様子が心配。

はくしょんはくしょんと言う度に大揺れして、さぞかし落ち着かないことであろう。

ダンナ様と二人、枕を並べて寝倒す休日。

 

9月24日(火)

産婦人科でやっと診察してもらい、弱い咳止めと抗生物質をもらう。

ここ数日、胎動らしきモノ確認。

咳にビックリして動いてるのかな・・。

 

10月3日

やっと咳が完全におさまる。

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2002年10月 風邪2

 

10月7日(月)

なんかまた咳が出る。

新しくひきなおしたか。ちょっと微熱。

 

咳が止まらなくてまいったが、なんとか1週間程度でおさまった。

また病院に薬をもらいに行ったら、先生にちょっと呆れられた。

「妊婦なんだから風邪きっちり予防しなさい」

・・ごもっともで。

△一番上にモドル△

 

2002年10月 妊娠6ヶ月

 

10月15日(火) 22週2日 6ヶ月の健診

ダンナ様の仕事が早く終わったので、夕方二人で病院へ。

予約制じゃないから都合のいいときにプラッと行けて助かる。

べビは2度の風邪にもメゲず、無事成長しており安心。

「どこがそうだからとかいう決定打はまだないですが、これは骨格とかから見て

9割方男の子ですね。長年のカンです」

と言われる。

ほんと、大丈夫かこの先生。

 

はっきりと胎動を感じるようになってきた。

ポコポコとよく動く。

 

10月17日(木)

ダンナ様お仕事が早く終わって、昼に帰宅。

午後から二人で水天宮にお参り。

安産祈願のお守り買って、近くの茶屋でしるこなど食べて一休みした。

天気もよく、おだやかな一日。

これでもう安産確実か。

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2002年10月 両親学級

 

10月19日(土)

中野区の保健センターでやってる 「両親学級」 にいく。

どっちかというと、プレパパたちのの妊婦に対する意識を高めるためのものか。

妊婦とそのダンナが30組以上もいる光景は、ちょっと不思議なかんじ・・。

なんかテレル。

「お腹の赤ちゃんとうまくコミュニケーションをとろう」という趣旨のビデオを見て、

パパたちの沐浴実習(ママは母親学級でやるから)。赤ちゃんの人形を使って手ほどきを受ける。

でもベビーバスでの沐浴は1ヶ月までくらいだそうで、うちはその時期には

べビ札幌⇔パパ東京 で離れているので、練習は役にたたないかもしれず。

でも練習しておいてソンはないよね。

その後、パパたちはお腹に大きな重たいクッションをつけて階段などをウロウロさせられる。

今日はダンナ様がプレパパとしてがんばったので、吉祥寺のすき焼き食べ放題の店で

お疲れ様パーティー。

 

10月21日(月) 1ヶ月遅い腹帯祝い

腹帯のお祝いをするのを忘れていた。

私の母が送ってくれた腹帯(ていうかハラマキだけど)を初めてつける。

5ヶ月目の犬の日にはじめて腹帯つけると安産になるんだってさ。

ニットハラマキ+マジックテープタイプの帯 のセット。お腹が出てきたから、ピシッとしまっていい感じ。

一応ケーキつくって祝う。

 

最近体調がとても良いので、部屋の色んなところをサクサク片付けている。

昼寝も3日に一度くらいにして、押し入れなどを整理する日々。

年末から私だけ札幌で過ごすことになるから、それまでに色々そろえておかなくては。

△一番上にモドル△

 

2002年11月 母親学級

 

11月6日  母親学級

中野保健センターの母親学級に参加。

お風呂の実習。 両親学級のときも思ったけど、妊婦がいっぱい集まってる光景はなんだか不思議だ。

これで生まれてからのお風呂の世話はバッチリか。

 

11月11日 26週1日 7ヶ月の健診

ダンナ様と産婦人科へ。

いまだに自転車二人乗り。だって歩くのめんどくさいんだもん。

体重が前回より6キロも増えてた。

ひえー;;

でもその日の夕飯は、どうしても食べたかったので東中野駅前の牛角で焼肉(笑)

食いづわり?

前回 「男の子」 って言われたのに、今回見たら 「まだわかりませんね」

と言われる。 

「前回 9割方男だって言ってましたよね?」 と聞いたら

「そうでしたっけ?でも今はまだわかりませんので」 

・・・なんだと(-∀ー#)

ますます信用ならない。けっこういい人なんだけどねぇ・・。

 

11月3日 母親学級2回目

妊婦体操。マタニティーヨガの先生がきて、色々教わる。

参加人数が多く、カーペットの床にびっしり寝転がってストレッチ。

体がほぐれて気持ち良かった。

安産になるんだそうだ。家でもやってみよう。

これ以上体重増えてもマズイことだし。

 

11月20日 母親学級3回目

歯磨き、お口の健康についての指導。

自分のと、子供の磨き方。

この間 歯医者でやっと全部治しおわったばかりだから、けっこう気をつけていたつもりだったけど

まだ足りなかったかも。

生まれてしばらくは私もどこにもいけないだろうから、虫歯にならないように気をつけなきゃね。

 

11月25日 28週1日

前回の健診で体重が増えすぎだったので、その後の経過をチェックする為呼ばれて病院へ。

体重は大丈夫だったが、超音波検査で逆子になってることが判明!

いまお腹の中で、べビの頭が上にある。

先生から逆子をなおす体操を教わって、これから毎晩5分間やることに。

母に電話で報告したら、

「なおってねー」 と呼びかけることが一番いい、という。マジか。

とりあえずさっそくお腹に話し掛けつつ、体操する。なんでもないポーズなんだけど、けっこう、ツライ。

2週間待って治らなかったら、遅くなるほど危険度が増すので

札幌行くのを早めてあっちでゆっくりしたほうがいいかもしれない と言われてしまった。

けっこう切実に治って欲しい。

だってもう飛行機のチケットとっちゃたよー;

 

11月27日 4回目の母親学級

こないだ産んだばかりのママが赤ちゃんについて、出産体験や育児のことを話してくれる。

3ヶ月までは寝不足で大変だと言っていた。

隣とその隣に座った人が、家が近くて親しく話せた。

お互い子連れで公園とかで遊べたらいいねって話した。

ママ友第一号(&二号)か。

 

お腹がどんどん大きくなってきた。

なんか、これがそのうち下から出るのかと思うと 時々ヒンヤリした気持ちになったりとか。

道を歩いていて、子連れのママとか見たら

「あー、あんな若い人でも出産の痛みを体験済みか・・すごいなぁ」 と

闇雲に尊敬。 実際どうだったかなんて知らないのだが。

端から捕まえて

「痛かったですか!どうでしたか!」 とかリサーチしたくなったりしてね(笑)  

 

△一番上にモドル△

 

2002年12月 妊娠8ヶ月・性別判明・逆子

 

12月10日 30週2日 (8ヶ月なかごろ)

ダンナ様が仕事から早く帰ったので、二人で病院へ。

逆子が無事治ってて、ホッとする。

体操が効いたのか、呼びかけが効いたのかは不明。

一体いつの間に治ったのか、全然わからなかった。

体重も変化なし。順調そのもの。

このぶんだと、予定通り飛行機に乗れそう。

今回の超音波検査で、小さいキンカンのようなもの確認(笑)

べビは男の子と確定!!

 

12月22日(日)

べビのために部屋の片付け&家具移動。

ダンナ様は昨夜の酒の影響か 「腹が痛い」 と寝ているので、一人で軽いものから動かす。

結局あまり片付かず終わる。まだしばらくかかりそう。

 

12月24日 32週2日

血液検査しに病院へ。

心音はいつもどおり、力強く元気そうでなにより。

 

その後吉祥寺でしゃぶしゃぶ食べ放題(クリスマスパーティー)

家に帰って、手作りケーキとシャンメリーで乾杯。

△一番上にモドル△

 

2002年12月 札幌へ

 

12月30日 札幌へ帰省する

結局最後まで部屋は片付かぬまま。ショボン。

10:25発 AIR-D○ で札幌へ。

搭乗手続きで 「妊娠9ヶ月です」 と言ったら、一番前の足元が広くて楽な席にしてくれてラッキー。

何事も無く、札幌到着。

まずはダンナ様の実家に泊まる。

義妹に 「ずいぶん身軽な妊婦さんだねぇ!」 と言われる。

もっとフウフウ言って、全然動けないものだと思ってたそうだ。

そんなことはない。小走りくらいならヨユウだ。

もしかして私だけか。

 

12月31日

ダンナ様実家にて年越し。

12時過ぎて、白石神社に初詣に行く。

おみくじは、二人とも小吉。

 

2003年1月6日(月) 34週1日 転院・初診

実家から車で15分ほどの総合病院にて、転院手続き&初診。

結局事前に見学などできるはずもなく、私も妹二人もここで生まれたということで安易に決定。

外来は昔のままなので古いが、入院施設は新しく改装したばかりで超キレイ。

母と義母とダンナ様と私、4人で診察室に入り、みんなで超音波検査の画面を覗き込む。

ダンナさんだけならよくあるけど、こんなについてくるのはなかなかないと先生に笑われた。

そりゃそうだろうけど。今まで離れてて経過をよく知らないから、みんなで見たらいいかなァと

思ったんだもん|´・ω・)ゝ”

推定体重2187g べビはいたって順調で異常ナシ。

でも私が、足にむくみが出てるので塩分を控えるように言われる。

やはり・・年末年始、食べ過ぎた。

 

診察のあと、4人で近くの喫茶店でお茶。

お義母さんが言うには、うちのダンナ様は生まれたとき4000gを越えており

めちゃめちゃ大変だったのだそう。

私の子は、何とか3000ぐらいで生まれていただきたい。

 

1月7日(火) ダンナ様帰る

ダンナ様、正月休み最後の日。15:00発の便で東京へ戻る。

私の母と二人で空港までついてって見送る。

私がいない間に部屋をきれいにしておいてほしいけど。

仕事で疲れて帰っても誰もいないのだから、多分ムリ。

 

1月9日(木)

母と一緒にポス○ールでお買い物。

入院用品などそろえてもうバッチリ。

東京のときの感覚で 「散歩にでも行こうかな」 と言ったら、 「滑って危ないからダメ!!」 と言われてしまった。

外出は全て、母か妹の車で。どこのお嬢かという感じ・・。

すっかり 「妊婦様」 状態で、ありがたいことこの上ないが運動不足も心配だ。

 

1月16日(木)

予定日まで1ヶ月切る。

母と、札幌駅のアカチャン○ンポへ。

買い物の予定はなかったんだけど、見たら 「あれも欲しい、これも必要」 とかなって 結局

赤ちゃん用品いっぱい買っちゃう。

すべて母持ち。ヤッホイ

 

先週の検査の結果、おりものから 「ナントカキュウ菌」というのが出たので、

連日消毒に通う。

よくある菌がたまたま入っただけなんだけど、そのままにして子宮に入ったら

破水の原因になることがないでもない、ので治療しといたほうがいいんだそうだ。

母が毎日送ってくれる。

送ってくれるからなんとか通える。 よかったよかった。

 

その後しばらく、実家にて上げ膳据え膳マンガ漬けの日々。

 

△一番上にモドル△

 

2003年2月 出産

 

2月6日 38週5日 兆候あり

深夜1時ごろ、寝ようとしたらお腹が強く張る感じがした。

おしるしはない。いや、見逃しただけなのかな。

なんだか張りが定期的に来るので、時間はかってみたりして全然寝れない。

どうもいよいよっぽいので、とりあえず眉毛のお手入れ(基本)

「入院してるあいだ客がいっぱい来て、メイク道具くらい用意してないと写真もとれない」

という話を聞きかじり、強く印象に残っていたのだ。

産んだらソッコー写真撮りたいから、みだしなみみだしなみ。

荷物の確認。カンペキか。

ペースとしては一時間に4〜5回。でもそれほど強くはならず、朝になる。

 

2月7日 診察

朝になって張りが弱くなり、間隔も不定期になってきたが

全くおさまるというわけでもないので、一応昼ごろに病院へ行く。

外来で診察を受け、 「子宮口3センチくらいですが まだですね」 と言われた。

10分おきになるか、我慢できないほどの痛みになったら来て下さい、と帰される。

 

夕方になり。

前夜ろくに寝てなかったため、茶の間で再放送ドラマ (今でも覚えている。反町の

GTO・・どうでもいいが) をみながらウツラウツラしていたらなんだか痛みが強くなってきた。

17時ころには、間隔も10分開かないくらいに。

とりあえずまだ耐えられそうなので、夕飯食べてシャワーに入り、メイクをし。

身支度終えて様子を見る。

20:30 母の運転で、二人で病院へ。

陣痛室に通され、お腹の張りを測定する機械(ベルト状)を腹に巻いて

ベッドわきのテレビなど見ながら変化を待つ。

 

一時間ほどして少しずつ強くなってきたので、そのまま入院決定。

 

 

2月7〜8日 出産

病衣に着替え、22時台には3分間隔に。痛みが強くなってきた。

助産師さん(看護師さん?)に 「進みが早いわねぇ」 と言われる。

母はベッドの横でパイプ椅子に座ってついていてくれるが、とりあえずすることがない。

なんかツライ顔を無駄にみせているようで悪いので、 「あたしのことはいいからとりあえずテレビでも見てて」

と言っておいた。

テレビでは ”氣志團” の特集がやってる。

母テレビを見て 「これがYちゃん(かーこの妹)が好きなキシダンか!初めてみた〜」

そのときちょうど3分おきの陣痛が来ているピーク。実は私も氣志團は好きだ。翔ヤン見たい。痛い。

「そ・・・そうだね・・」 やっと答える。痛い。

手をとって背中をさすり、一緒に フー、フー、 などやってるところをテレビなどでみたこともあるが、とくに頼まなかった。

痛いのは私で、母まで一緒になって焦る必要はない。

ちょっとノンキな会話をしているくらいのほうがいい。。さすが母、私をわかっている(笑)

でもあまりツラそうなときはさりげなく「がんばれー」って背中をグリグリやってくれて、助かる。

陣痛の合間の痛くない時間に会話。

「ちょっとーめちゃめちゃ痛いよね!よくおかあさん3人も産んだよねー」

「それがねー、どういうわけだか産んだらもうかわいくてスッキリ忘れちゃうんだよね」

マジか。ならば耐えようじゃないか。

「あ、うっわーまたきたよいててて・・」

この痛みを忘れるほど楽しい日々(めまぐるしい日々?)が待っているそうだから。

 

入院したとき助産師さんには

「初産だし、だいたい10時半くらいで5センチ、そこから1時間に1センチずつくらいかな

産まれるのは朝方かもね」

と言われてたのに、0時過ぎには全開間近に。

助産師さんを呼んで、

「なんか間隔が頻繁だしずいぶん痛いんですけど」

「じゃあちょっと見てみましょう。・・あらあら、もう結構全開に近いね。じゃあ・・移動しましょうか。」

「よかったーまだまだもっと痛くなるのかと思っちゃいましたよ・・いてて」

0:30ごろ、歩いて数歩の分娩室へ移動。

1時頃、子宮口全開。

隣で助産師さんがいきむタイミングなど指示してくれて、10度くらい?のいきみで終了。

1:58 ついに産まれる。2784gの男の子。

 

直後に後産。

「胎盤を出すのにちょっとだけいきんでー、はい、うーん・・」

いやだ。もういきみたくない。が、仕方ないので頑張ったらボコッとでた。

これにて出産終了。

 

べビのほうは、すぐに元気な産声がきこえたので、一安心。

洗い、測定をしてすぐ胸の上に乗せてくれた。

初乳を吸わせようと助産士さんが頭を支えたら、なんと。いま出たばかりなのに

上手にちゅうちゅうやっている。

 

ちいさい! 毛が多い! かわいい! よぼよぼしている! お腹からでてきたのか! マジか!

 

が、最初の感想・・(笑)

 

結局、先生は間に合わなかった。

到着してすぐにべビの検査と、私のほうのキズのチェック。

ちょっと裂けたらしい。

もう産まれるというときに助産師さんが耳元で

「いきみたくなったら思い切り力入れてねー!」とか叫んでいたけど、わたしには

「いきみたい感じ」がよくわからなかったのでとりあえず早く終わりたいと

闇雲にいきんでいた。(そして「いまはまだよー」と止められ)

それが原因か。

もしくは頭が見えた状態で、あと一息のところで一回息がきれてタイムロスしたからか。

3針縫った。

ちくちくいたい。産む痛さのあとだからよくわからなかったと言ってた人がいたが、

それとこれとは別だ。

やっと痛いのが終わってホッとしているのだからもう触らないでほしい。

・・・そうもいかないけど。

△一番上にモドル△

 

入院日記へ続く→